注目キーワード
  1. AMP
  2. SEO
  3. PWA

大切な人の死から立ち直れない、逢いたい…と願うあなたへ

  • 2021年4月28日
  • 2021年4月26日
  • 悩み
  • 147view

「ずっと一緒だよって言ってくれたじゃない」「どうして私を置いていったの」逢いたい…。

人間界には「四苦八苦」と言う仏教における苦があるのをご存じでしょうか。四苦八苦の八苦にある「愛別離苦」とは愛する者と別れる苦です。

どんなに愛した恋人、友人、家族でも、いつかは必ず別れなくてはならないというのが真理なのです。そしてこの世の人も物も全ては「無常」であるとお釈迦様が説いています。

しかし本当に、この世には「永遠」はないのでしょうか?ここからはスピリチュアルな私の個人的な意見です。

「死」とは、ただ体が亡くなるだけのこと。

あなたは逢いたくなった時、亡くなった大切な人のお墓の前や仏壇の前で目を腫らせているのでしょう。

そこには大切な亡くなったあの人は居ません、厳密に言えばそこだけに居るわけではありません。

あなたが自室で昔懐かしい写真や思い出に涙するときも、昔一緒に行った思い出の地に居るときも、寂しくて悲しくて夜眠れないときも、そこに大切なその人は一緒にいるのです。

体が亡くなっているので、今を生きているあなたの目には見えないけれど、確かにそこに居るのです。?

本当に寂しくて悲しくて孤独で苦しんでいるのは誰ですか?

大切なその人はあなたを残し、この世から居なくなったことで苦しむあなたに声をかけることも、抱きしめてあげる事も、ましてはここに居ることを知らせることも何もできることはないのです。

それなのにただ苦しむあなたを見て心配し、後悔し、この世に執着し誰にも気づかれることなく、本当の独りぼっちのそんな地獄に居続けないといけなくなるのです。

残されたあなたも苦しいはずですが、亡くなったその人は更に苦しんでいるのです。

どんなに泣き叫び願ったとしてもゲームのようにその人は生き返ることはありません。

残されたあなたにできること。

これまでの文章を読んで頂いたあなたなら何ができるのか理解したのではないでしょうか。

本当に大切な人であるならばこれまで同様に愛すれば良いかと思います。

生きていた時は照れ臭かったりいつでも言えるからと伝えなかった沢山の愛のある気持ちを念じる事です。

後悔しているから伝えるのではなく、お互いが幸せに歩みだす為です。

どんな時も笑いなさい!とも、この苦しみを乗り越え忘れなさい!とも言いません、ただいつかその時が来たら目の前にある大切なその人の死をゆっくりと受け入れその人の幸せを願い、自らの事も沢山愛し幸せにしてあげてください。

永遠のもの

「好き」と言う感情はいずれは「嫌い」になり、時には恨み妬みになり「どうでもいい」になったりします。

反対の「嫌い」も同様に「好き」に変化することがあります。

これらは人間の感情と言うものですが物同様に無常です。

変わりゆくもの、移り行くものです。

これ等の無常なものに依存したり無常なもので依存したりすることよりも、永遠に変わらずあなた自身も、あなたの人生もあなたに関わる全てのものを豊かに穏やかな幸せにするものがあります。

もしも死んでしまった時にでも持っていくことのできる「愛」です。

愛するということに愛さないの裏側もありません。この「愛」こそが永遠なものです。

まとめ

あの世にはあの世の生き方があり、この世にはこの世の生き方があります。

もしも大切な人が亡くなってしまったのなら本当の意味で住む世界違うようになっただけだと受け入れ、今まで同様に心から愛し心静かに念ずればその人を感じる感覚と温もりと共にフッと優しい春のような心地よさで逢いに来てくれるでしょう。

寂しくなる必要も悲しむ必要もありません。

いつでも何処でも亡くなってしまった大切な人は、あなたの幸せを願っています。